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1 : DARIUS ★ 転載ダメ[sageteoff] 投稿日:2015/02/22(日) 13:00:49.89 ID:???
 セガサミーホールディングスが1月から2月にかけて発表した、事業の見直しや社名変更などの
グループ再編計画をきっかけに、さまざまなゲームで一世を風靡(ふうび)した「セガ」をめぐる話題が、
インターネット上で大いに盛り上がっている。
熱狂的ファンが多い同社ゆえ、新しい社名を疑問視する声が上がる一方、
懐古話を楽しむ良い機会にもなっているようだ。
       ◇
 セガサミーホールディングスのグループ会社の一つで、ゲームセンター事業や家庭用ゲーム事業を
担当していたセガは、事業再編計画でゲームセンター事業部門を分社化して切り離し、
4月1日付でインターネットゲームや家庭用ゲームを担当する「セガゲームス」に社名変更する。

 これが、古くからのファンを刺激した。セガの名称は「サービスゲームズ(Service Games)」に由来し、
英単語の最初の2文字を組み合わせたもの。「サービスゲームスゲームスになる。
ゲームがだぶってるじゃん」「これじゃ、セガガだ」などの指摘が相次いだ。

元の社名、由来は「サービスゲームズ」

 また、「セガゲームスなんてだっせーよな」という、セガ最後の家庭用ゲーム機「ドリームキャスト」の
CMに引っかけた書き込みもあった。

 CMは平成10年に放映され、当時の湯川英一専務本人が登場し、街中で小学生の
「セガなんてだっせーよな」「プレステの方がおもしろいよな」という会話を聞いて茫然(ぼうぜん)とするもの。
トップを独走していた他社のゲーム機がネタの自虐CMとして話題になったもので、
オールドファンが懐古を込め書き込んだようだ。

ただ、「社名の由来くらい知ってて当たり前だと思う」「今の経営陣は社名の由来も分かってないとは」
「今のセガはセガであってセガではないということか」など、パチンコ機器大手、
サミーとの経営統合後の現体制を批判する声もあった。

 セガは昭和50年代後半以降、家庭用ゲーム機「セガ・マークIII」や「メガドライブ」、
ゲームセンター用レースゲーム「アウトラン」などでゲームマニアの人気を集めたことから、
ファン歴30年を超えるベテランもいる。さらに、家庭用ゲーム機「セガサターン」やドリームキャスト、
ゲームセンター用と家庭用の両方で社会現象にもなった対戦格闘ゲーム「バーチャファイター」シリーズなどで、
業界トップを狙える位置にいたことから、過去の栄光を忘れられないファンも多い。

「気概を」「逆襲してほしい」とエールも

 ただ、平成13年に家庭用ゲーム機の製造から撤退し、今年1月には、スマートフォンやパソコンのネットゲームを
成長分野と位置付ける構造改革を発表。
家庭用ゲーム機事業に距離を置こうとするようにも見える方向性に、「俺らのセガが終わった…」
「セガ・エンタープライゼスとかいうクソかっこいい社名だったときもあったのに…」
「最高傑作だったのはファンタジーゾーン」など、嘆きの声も広がっている。

しかし、これらをきっかけに、セガがネット草創期に運営していた掲示板が盛り上がっていたことが「発掘ネタ」として
取り上げられたり、「ぜひ再びハード部門に参入してほしい」「ゲームセンターで稼いでいたときの気概を」と
書き込まれるなど、ファンの情熱が再燃した。

 新社名への批判も、「セガは倒れたままなのか? いや、逆襲してほしい」という、セガマニアならではの
熱い情熱が見てとれる。(れ)
       ◇
■セガ

 昭和26年創業。35年に日本娯楽物産を設立し、国産初のジュークボックス「セガ1000」の開発を経て、
業務用ゲーム機製造やゲームセンター運営を開始。40年、セガ・エンタープライゼスに社名変更。
50年代に家庭用ゲーム機に進出。平成12年、セガに社名変更。
16年にパチンコ機器大手のサミーと共同持ち株会社、セガサミーホールディングスを設立し、
そのグループ会社となった。

【ネットろんだん】「セガ」社名変更…「これじゃ、セガガだ」「だっせーよな」批判と懐古話でファン盛り上がる(1/3ページ) - 産経ニュース
http://www.sankei.com/premium/news/150221/prm1502210023-n1.html
2 : 名前は開発中のものです[sage] 投稿日:2015/02/22(日) 17:23:00.02 ID:jaJx4//Q [1/1回]
家帰ってプレステやろーぜ!
3 : 名前は開発中のものです[sage] 投稿日:2015/03/11(水) 19:22:34.84 ID:WwzR3K4a [1/1回]
・98年夏 秋元がセガの社外取締役に就任。ドリームキャストの宣伝費130億円を任される
・しかしその金が秋元の懐にそのまま入ってくるわけではないので
 換金装置としてチェキッ娘とセガ1社スポンサーの「DAIBAッテキ!!」が98年10月に始まる
・「DAIBAッテキ!!」の時間枠をセガの宣伝費で買取り。そこに自分がプロデューサーとして乗り込み莫大な企画料やプロデューサー料をふっかける
・通常ならそんな大金をテレビ局は支払うわけは無いが この場合金を払うクライアントは秋元自身。発注者と受注者が同じなので言い値で払う
 失敗しても損をするのはセガで秋元やテレビ局の懐は痛まない
・秋元は主婦しか見ない夕方4時台にセガ提供のアイドル番組というムチャクチャな物を作るだけ作るとあとは放置
 CDが売れなくても「僕じゃなければもっと悪かった」と平然
 セガに「DAIBAッテキ!!」の宣伝効果が薄いとクレームをつけられると
 「チェキッ娘がブレイクすればドリキャスのイメージアップになる」と逆にセガ提供・秋元演出の類似番組を土日にも増やしてしまう
・こうしたことが出来たのもセガのオーナーだった大川会長をたらし込んでいたから
 秋元は「DAIBAッテキ!!」立ち上げ直後の98年11月に大川会長の肝いりでドリキャス専門のプロモーション会社を設立しその代表取締役に就任
 セガ本社の要求を無視できる立場にあった
・好きなだけ金をバラまき吸い上げた秋元はこの年の高額納税者番付によれば7億円の荒稼ぎ 芸能人分野で1位に輝いた
 一方セガはドリキャスから撤退し1,000人以上がリストラ。倒産や合併説が飛び交う中01年秋元を起用した大川会長は罪滅ぼしのように私財850億をセガに無償供与
 心労が祟ったのかその年3月に心不全で死去
・セガのスポンサードを失った番組は99年9月で全て終了。チェキッ娘も00年1月1日をもって解散した

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