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389 : B29爆撃機 創価学会は分裂・崩壊寸前[] 投稿日:2011/10/14(金) 14:01:42.12 ID:wVQRSONH [1/5回]
創価学会教祖池田大作レイプ 1回目のレイプ

 池田が大沼に初めてやってきた日から三日目、6月27日の夜のことでした。
それから起こる恐怖と屈辱の体験など、察知する由もなく、私は、自分の仕事として、それまでどおり午後9時に、池田の布団を 敷くため三階に上がっていきました。
 すると、初日も二日目もその時間には部屋にいなかった池田が、寝室隣の執務室にいて、何か、書きものをしていたのです。ステテコとクレープのシャツ、という姿でした。
 私は、「失礼します」といって中に入り、邪魔をしてはいけないという思いから、寝室と執務室の間のふすまを閉めようとしました。ところが、池田は、
「そのままでいいよ」
と言うのです。
 私が、池田に背を向ける形でシーツを整えていた時です、池田は、前かがみになった私の背後から、いきなりのしかかってきたのです。アッという間のできごとでした。
 池田は、私を押さえつけたまま、肩の方から手を伸ばし、私のブラウスのえりとスリップのひもを一緒に引っ張りました。
 夏物の薄いブラウスですから、ひとたまりもありません。ボタンがバラバラとちぎれ落ちました。
 スカートもビリビリに破られました。

池田は、「ハッ、ハッ」と荒い息を吐き掛けながら、
「下着は一枚だね」
と言って、私の下着の中に手を入れてきました。
 ものすごい力で押さえつけられた上に、恐怖で声も出せないでいる私に、池田は後ろからグッと突いてきたのです。あがき、もがいて、抵抗を続けていた私は、目の前が真っ暗になり、うつぶせになったまま、失神してしまいました。
 どれほど時間が経ったでしょうか。気を失った時はうつぶせだったはずなのに、寒さを感じて気がついた時、私は、仰向けで布団の中に寝ていたのです。
 私が這(は)ってドアまで行こうとすると、池田はしつこく追いかけてきました。ドアに頭をぶつけ、心臓はドキドキして、ここで殺されるのではないかと、本当にそう思え、大変な恐怖でした。
 ようやくドアを開けて、二階にかけ降りると、トイレに飛び込みました。激しい吐き気に襲われ、それはしばらく続きました。
 そして、気持ちを鎮め、下腹あたりについている体液を何度も何度も拭きました。皮膚が赤くなっても、なお拭き続けました。
390 : B29爆撃機 創価学会は分裂・崩壊寸前[] 投稿日:2011/10/14(金) 14:03:51.40 ID:wVQRSONH [2/5回]
創価学会教祖池田大作レイプ 2回目のレイプ 

二回目に私が池田から犯されたのは、昭和58年8月19日のことでした。
 早朝、私はいつもどおりに一人で、大沼研修道場の敷地内にあるプレハブ建ての喫茶「ロアール」の掃除をしていま した。
 大沼の夏は、もやが深く立ち込め、数メートル先も見えなくなります。
 入口を背にして、テーブルを拭いていた私に、いきなり池田が後ろから抱きついてきました。
 池田は、毛むくじゃらの腕で私をはがいじめにし、脚をかけて、私を押し倒しました。
 倒れる瞬間、私はテーブルで左脇のあたりを強く打ちました。また、ブラウスはボロボロに破かれ、スカートも靴下 も無理やり外(はず)されてしまいました。 
のしかかってきた池田を押し退けようとするのですが、脚も腰もオモリを付けたように重く、はねのけることなど、 とてもできないのです。
 池田は、まるで、狙った獲物に向かって一直線に進む、ケダモノそのものでした。
 目的を果たし終えた池田は、外に人の気配を感じたらしく(結局、外には誰もいなかったのですが)、力をゆるめ、 私はようやく解放されました。
 このとき、一瞬ではありましたが、私は初めて池田の裸の下半身を見ました。池田の下半身は異常に毛深く、まるで 黒いパンツでもはいているかのようでした。
トレーナーのズボンをずり上げながら逃げる体制の池田は、私の方を振り向き、
「二号さんの顔を見にきたんだよ」
と、下品に顔を崩して笑いました。その笑いは、本当にこの世のものとも思えない不気味さでした。
391 : B29爆撃機 創価学会は分裂・崩壊寸前[] 投稿日:2011/10/14(金) 14:05:19.99 ID:wVQRSONH [3/5回]
創価学会池田大作レイプ 3回目のレイプ 

大沼研修道場で三回目に私が池田から暴行を受けたのは、平成3年8月17日の早朝でした。
 朝7時半頃、食料の補充をするために、私は、研修道場の敷地の中を歩いていました。
 その朝も、大沼研修道場は深い霧に包まれていました。
 敷地の路上を歩いていた私に、突然、池田が左後方から飛びついてきたのです。私は引き倒され、後ろからすごい力で抑え込まれてしまいました。
 逃げよう、逃げようとするのですが、全体重でのしかかられた上に、押さえ込まれ、地面には掴まるところもなくて、どうすることもできません。声を出そうにも、「アー」とか「ウー」としか出ないのです。
 池田は荒々しく私の衣服をはぎ取り、前の時と同じように「ハッ、ハッ」と息を荒げて、私を犯したのです。衣服はボロボロになりました。
 とにかく、その間も逃げることしか考えなかった私は、無我夢中で池田の手を引っかいたり、かみつき、池田の力が一瞬、ゆるんだすきに、私はようやく身体を引き離すことができました。
 池田は、また、あの不気味な笑いを見せ、霧の中を逃げていきました。
392 : B29爆撃機 創価学会は分裂・崩壊寸前[] 投稿日:2011/10/14(金) 14:19:03.82 ID:wVQRSONH [4/5回]
創価学会員殺人事件

吉展(よしのぶ)ちゃん誘拐殺人事件(昭和38年)

犯人の○○は、毎日勤行を欠かさない真面目な学会員で、
手に入れた身代金を仏壇の前に置き、感謝の題目をあげていたとか。

■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■ ■

宝石商強盗殺人事件(昭和59年)

犯人の○○(元警察巡査部長)は学会員で、【強盗殺人で得たお金で借金が返せたことを、
千葉の支部総会で「功徳です」と体験発表していました。】

★長野母子バラバラ殺人事件(平成元年)

犯人の○○は学会員で、自分の妻と子供を殺害。
発見された遺体の一部を入れたビニール袋には『聖教新聞』も入っていました。

★道頓堀川・浮浪者殺害事件(平成7年)

ホームレスの老人が台車で寝ていたところ、3人連れの若者からパイプで殴(なぐ)られた上、
道頓堀(どうとんぼり)川に放り込まれ水死しました。
犯人の1人は熱心な学会員の息子で、当然、本人も学会員でした。

★公明議員が妻を餓死させる(平成9年)

兵庫県の公明市議・○○は、重度の神経症を患(わずら)っていた妻を、
数日間、食事も与えず放置し、餓死させました。
393 : B29爆撃機 創価学会は分裂・崩壊寸前[] 投稿日:2011/10/14(金) 14:23:31.45 ID:wVQRSONH [5/5回]
★元恋人を百ヶ所メッタ刺しした男子部(平成9年)

平成9年8月1日、浜松市のピアノ講師(女性)が殺害されました。
警察の調べによると、犯人の○○は、その女性講師と以前交際していたのですが、
別れ話のもつれから、彼女のマンションに忍び込み、
身体を100ヶ所以上もメッタ刺しにして殺した、とのこと。
○○は創価学会の男子部で、彼の実家は、近所でも「熱心な学会家族」として有名な家でした。

★段ボール詰め子殺しの「鬼畜両親」は
 勧誘熱心な創価学会員(平成13年)

「あの夫婦は創価学会の熱心な信者。もともと2人の親も信者で、地域の集会にもよく参加していた。
勧誘は大変迷惑だし、そんな暇があったら、子供の面倒をもっとみられたはず」
という。 両容疑者は高校時代から交際をはじめたが、○○容疑者が高3の時に妊娠し、
中退。依織ちゃんを出産した。○○容疑者は高校卒業後、
半田市内にある大手鉄鋼会社の系列会社に就職し、籍を入れたという。
殺された依織ちゃんにとって、宗教とは一体何だったのだろうか……。
<『週刊実話』平成13年1月4日号より転載>

★スーツケース詰め殺人犯は創価学園出身

「犯人が卒業した小・中・高は創価学園で、学会員として活動した時期もあります。
池田大作名誉会長が創設した学園の教育方針が、行き届かなかったのかと、
学会幹部たちは動揺しています」(創価学会関係者)
<『週刊現代』より転載>

★東京都女子大生刺殺事件の犯人は創価学会員(平成13年)

犯人の父親は、一年前に創価学会に入会。
以後、聖教新聞も購読し真面目に勤行に励んできたというから、模範的な創価学会員といっていいだろう。
また、息子の犯人も、唱題に励んでいたとのこと。

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