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151 : 全国で春季彼岸勤行法要 師と共に常楽我浄の無上道を[age] 投稿日:2012/03/19(月) 13:47:52.04 ID:GH2fxaGA [1/1回]
学会の「春季彼岸勤行法要」が、今月20日の「春分の日」を中心に、全国の主要会
館、墓地公園・納骨堂などで営まれる。広布の途上で亡くなられた家族、先祖、友人、
全同志への追善の勤行・唱題、焼香を厳粛に執り行う。
 仏教は迷いと苦しみの現実世界「此岸」から、成仏と悟りの境涯「彼岸」に至る教え
を説いた。これが日本古来の先祖崇拝の風習と結びつき、法事が行われるようにな
った。学会では、仏法の本義に違背しない限り、地域の習俗に随うべきとする「随方
毘尼」の観点から、春と秋の彼岸に追善の勤行法要を行っている。
 むろん、私たちは各人が毎日の勤行・唱題で追善回向しており、彼岸法要自体が特
別なものではない。「常彼岸」が日蓮仏法である。
 そもそも「回向」とは、自身の善根を他者に「回らし向ける」こと。日蓮大聖人が「今
日蓮等の類い聖霊を訪う時法華経を読誦し南無妙法蓮華経と唱え奉る時・題目の光
無間に至りて即身成仏せしむ、廻向の文此れより事起るなり」(御書712ページ)と仰
せの通り、広宣流布にまい進するわれわれの唱題こそが最高の追善回向となる。故
人が生前に唱題する機会がなかった場合でも、題目の偉大な功力は、間違いなく故
人に届くのである。
 片や、日顕宗の“坊主を呼ばなければ先祖は成仏しない”“塔婆を立てなければ追
善回向にならない”などの言い分は御書のどこにもない全くの邪義である。彼岸の時
期になると“寺に来ないと故人が成仏しない”などと一人暮らしの学会員らを狙う。供
養をむさぼろうとする輩は、断じて許すことができない。
 東日本大震災から1年――池田名誉会長は「随筆 我らの勝利の大道」で、津波で
娘を亡くした東北の母が唱題を重ねる中で“娘の「後継者」として生き抜こう”と立ち上
がる姿を通し、つづった。
 「生命は永遠であり、生死は不二であるがゆえに、亡くなった家族は、わが胸に一
体である。『後継者』として生きることは、亡き家族の志を、最も強く、最も尊き力に変
えることである」
 「『題目の光』こそ、あらゆる人の生命を輝かせ、三世永遠に救いきっていく根源の
『福光』である」と。
 創価家族の追善を皆で祈りながら、どこまでも学会と共に、師と共に、同志と共に、
常楽我浄の無上道を歩み抜く決意を固め合いたい。

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