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1こいろう </b>◆GgN62.1p32 <b>[] 投稿日:2015/03/12(木) 17:46:09.58
はい
2 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 17:57:33.50
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
3 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 17:58:17.48
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
4 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 17:59:05.10
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
5 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:00:05.11
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
6 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:00:52.74
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
7 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:01:32.11
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
8 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:02:35.95
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
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 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
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 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
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日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
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 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
9 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:03:21.30
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
10 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:04:04.15
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
11 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:04:47.48
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
12 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:06:04.51
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
13 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:07:15.92
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
14 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:08:10.22
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
15 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:09:17.14
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
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 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
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うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
16 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:10:14.19
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
17 : しもちゃんZ </b>◆Divo..z/oQ <b>[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:11:41.77
>>1
18 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:11:36.06
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
19 : しもちゃんZ </b>◆Divo..z/oQ <b>[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:12:43.45
おい!なんでコピペするんや!
20 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:12:52.26
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
21 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:13:47.70
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
22 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:15:06.94
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
23 : しもちゃんZ </b>◆Divo..z/oQ <b>[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:15:20.22
( ̄ー ̄)ニヤリ

やっぱ 浪人使わなあかんのか
24 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:16:15.95
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
25 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:18:11.68
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
26 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:19:20.38
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
27 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:20:12.62
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
28 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:21:07.74
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
29 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:22:05.38
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
30 : しもちゃんZ </b>◆Divo..z/oQ <b>[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:23:09.38
http://m1.gazo.cc/up/17028.jpg

じんわりと、作られてゆく高速

最終的には、どこまで伸びるんやろか
31 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:23:05.54
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
32 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:24:02.00
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
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点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
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 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
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 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
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は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
33 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:25:03.41
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
34 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:26:13.35
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
35 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:27:08.03
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
36 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:28:50.64
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
37 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:29:43.25
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
38 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:30:51.95
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
39 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:31:47.94
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
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 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
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うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
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 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
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日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
40 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:32:41.75
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
41 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:33:46.40
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
42 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:34:31.72
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
43 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:35:15.78
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
44 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:36:08.62
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
45 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:37:06.61
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
46 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:38:19.35
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
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 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
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うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
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 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
47 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:40:18.00
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
48 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:41:48.72
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
49 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:44:03.91
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
50 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:55:20.27
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
51 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 18:57:11.77
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
52 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:00:39.78
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
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 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
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点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
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ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
53 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:01:40.20
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
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 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
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精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
54 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:02:17.18
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
55 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:03:09.98
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
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逸らすことができる。そしてこう
56 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:03:59.25
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
57 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:05:25.66
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
58 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:06:11.53
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
59 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:07:26.18
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
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 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
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 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
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 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
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日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
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 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
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 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
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は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
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逸らすことができる。そしてこう
60 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:08:11.33
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
61 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:08:41.76
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
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62 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:10:05.45
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
63 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:12:58.87
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
64 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:14:02.51
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
65 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:14:38.40
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
66 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:15:28.26
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
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 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
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日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
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 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
67 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:16:10.47
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
68 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:17:05.11
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
69 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:18:25.73
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
70 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:19:11.47
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
71 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:20:11.39
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
72 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:21:08.15
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
73 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:21:46.55
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
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 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
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うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
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 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
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点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
74 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:22:22.42
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
75 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:23:17.53
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
76 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:23:45.95
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
77 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:24:30.63
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
78 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:25:12.59
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
79 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:25:39.39
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
80 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:26:36.46
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
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 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
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うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
81 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:27:24.90
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
82 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:28:21.39
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
83 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:29:08.94
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
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逸らすことができる。そしてこう
84 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:30:07.65
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
85 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:30:51.60
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
86 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:31:51.70
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
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精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
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 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
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点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
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は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
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ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
87 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:33:00.37
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
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 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
88 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:33:39.17
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
89 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:34:52.07
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
90 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:35:34.41
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
91 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:36:16.15
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
92 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:37:01.93
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
93 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:38:02.46
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
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 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
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日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
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 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
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ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
94 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:42:51.85
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
95 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:43:39.28
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
96 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:45:53.21
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
97 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:47:05.34
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
98 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:48:36.54
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
99 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:50:05.29
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
100 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:52:48.42
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
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 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
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 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
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 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
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日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
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 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
101 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:56:04.32
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
102 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:57:11.53
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
103 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:58:18.56
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
104 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 19:59:30.35
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
105 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:00:47.87
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
106 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:02:19.23
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
107 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:03:44.07
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
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 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
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うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
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 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
108 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:05:09.23
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
109 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:06:33.54
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
110 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:07:49.12
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
111 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:08:45.71
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
112 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:10:17.40
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
113 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:10:24.23
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
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 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
114 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:11:14.60
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
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 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
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うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
115 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:12:15.00
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
116 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:12:51.03
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
117 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:14:32.81
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
118 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:15:44.78
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
119 : しもちゃんZ </b>◆Divo..z/oQ <b>[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:16:49.77
てす
120 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:17:40.95
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
121 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:18:37.68
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
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 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
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点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
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 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
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 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
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ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
122 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:19:38.00
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
123 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:20:40.67
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
124 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:21:35.67
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
125 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:22:44.15
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
126 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:23:38.27
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
127 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:24:39.10
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
128 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:26:21.80
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
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 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
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日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
129 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:27:14.43
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
130 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:28:06.34
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
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131 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:29:20.00
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
132 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:30:05.39
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
逸らすことができる。そしてこう
133 : 今日のところは名無しで[] 投稿日:2015/03/12(木) 20:30:50.28
二年前の高校一年の夏、福岡市の親善大使として派遣されたマレーシアの学校で、現地の先生に日本の国歌を歌うことを求められた。しかしながら、学生たちを前に私
は国歌を歌うことができなかった。それは人前で歌うことが恥ずかしかったからではない。君が代の歌詞を完全には暗唱できなかったからだ。あの時の学生たちの唖然と
した表情を忘れることは一生ないだろう。まさに、日本を知らぬまま日本人として生きてきたことに恥を覚えた瞬間だった。

 平成七年生まれの私は小学生の頃から、学校生活を送る中で一度たりとも日の丸を見たことがなければ君が代を歌ったこともない。自分の友人のほとんどは未だに君が
代を歌うことができないと言う。このような環境下に置かれた学生たちの多くは、必然的に日本人としてのアイデンティティーを確立できないまま、「自国の歴史や文化に
精通した上で」という必須条件を抜かして「国際人」という謎の人種に憧れを抱くようになる。その結果、日本は東アジア共同体構想からうかがえる鳩山由紀夫元首相のよ
うに、自国を中軸に物事を考察することのできない国民で溢れるようになった。

 我が国の戦後体制の顕著な特質のひとつとして、国家観の欠如が挙げられる。この国家観の欠如が、外交、安全保障のみならず、日本のすべての局面での隘路となってい
るように思われる。これまで、その欠如による弊害を記した書籍や論文は、現代社会に矛盾を覚える人々によって多数書かれてきたが、それらはあくまで結果や過程であり
、「国家観」の定義と欠如の現状を曖昧なままに語られてきてはないだろうか。

 恐らく保守派の大多数の人にとって、このような「国家観」という表現は慣れ親しんだ自然なもので、その定義と現状について具体的に言及するような動きはほとんどみら
れなかった。そこで、日本国民の国家観の現状を認識すべく、私は日本とアメリカで学生を対象に意識調査を実施した。

 具体的には国家に関する重要な歴史などを踏まえた十項目の質問事項に答えてもらうというものだ。日本では、福岡市内にある四校のうち一三六人の高校生を対象に声を
かけた結果、一〇〇人より有効回答を得た。そして、アメリカでは現地の友人の力を借りて、二十一人の大学生より有効回答を得ることができた。

 東日本大震災により、日本人は自国の誇り高い精神性にようやく気が付いた。その後、尖閣・竹島問題を受けて、国民は国防意識を高めつつある。これら一連の流れは戦後の
日本に希望の光を灯した。しかしながら、日本国民の欠落した国家観の現状はあまりにひどい。この調査は、戦後日本の蝕まれた教育の成れの果てを端的に示した。本稿では焦
点を日本の若者に絞り、アメリカでのデータと比較することによって、その欠落した国家意識の現状を明らかにしていきたい。

日本を建国した人物はマッカーサー?
 皆さんは、日本がいつ、誰によって建国されたのかご存知だろうか。昨年の春、東京都で行われた慶應義塾大学講師の竹田恒泰先生の講演会において、私は大きな衝撃を受け
た。なんと、我が国は現存する世界最古の国だというのだ。

 この話を聴いたとき、素直に日本のことを凄いと誇りに思えたのだが、同時に、なぜそのような素晴らしい歴史を私は知らないのであろうかと疑問に感じた。我が国では中学
・高校の教育課程において日本史の授業が用意されていて、中学では必須の科目となっている。ご承知の通り、日本史とは日本の歴史を学ぶ科目のことだ。

 どこの国においても、歴史の授業では建国の歴史から丁寧に説明してゆくのが普通である。加えて、現代においても、戦前の我が国のように歴史が神代にまで遡ることすら珍
しくない。しかしながら、現在、私が高校の授業で使用している日本史の教科書(山川出版)は、日本列島の成り立ちについては触れてはいるものの、建国の歴史に関する記述
は一切ない。 II-1 歴史問題の形態的特質
 外交カードとしての歴史問題の形態的特質は、第一に、他の多くの政策手段と異なり、費用がほとんどかからないということである。ロビー活動費や宣伝費などもあるであろ
うが、他の政治的手段とくらべるときわめて安価であるといえる。いわゆる、だめもとで、何か効果があれば儲けものということである。第二は、国内における利害対立がない
ということである。たとえば金利政策であれば貸し手と借り手では利害が異なり、規制緩和や強化では既得権益者と新規参入者では利害が異なる。しかし歴史問題で日本を攻撃
する場合にはそうした自国民相互の利害の対立はなく、したがって為政者に対する批判もない。それと関係して第三に、自国政府に対する国内のさまざまな不満から国民の目を
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