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1 : 砂漠のマスカレード ★[] 投稿日:2019/12/11(水) 07:06:21.96 ID:n+m8Qaky9.net [1/2回]
「身体はボロボロですよ。ただ、ファンの声援があるからやめられない。
貴重な時間を削って観にきてもらっている以上、お客さんには楽しんでもらいたいですからね」

こう語るのは、女子プロレス界のレジェンド長与千種だ。
12月8日、長与は55回目の誕生日を迎えた。
’05年に引退を宣言したが、機会があれば今でもリングにあがる。バースデーに後楽園ホールで行われたイベントでも2試合に参戦。
迫力あるパフォーマンスで観客を魅了した。

‘80年に15歳でデビューして以来、長与は40年近く第一線で戦い続けてきた。ライオネス飛鳥と’84年に結成した「クラッシュ・ギャルズ」は、中高生を中心に一大ブームに。
だが人気の裏で、長与の歩んだ道は苦難の連続だった。
知られざる彼女の半生を振り返る――。

「突然、災難が降ってきたのは私が小学生の時です。
父親が借金を背負い込んだんですよ。
友人の保証人になっていたんですが、その人がトンズラ。
1億円近い負債を抱え、親戚の家を転々とする日々です。親戚には毎月数万円渡していたんですが、『少ないおカネしかくれないのによく食べるね』などと嫌味を言われてね。
家にいるのが気まずくて……。迷惑にならないよう、常に周囲に気を遣っていました」

幼い頃は喘息ぎみで、身体が弱かったという長与。当初プロレスには、まったく興味がなかったという。転機は中学生の時におとずれる。

「たまたま読んでいたアイドル雑誌に、新人レスラー募集の広告が載っていたんです。月給は10万円。
15歳の子どもにとっては大金です。悶々とした居候生活から抜け出したくて、すぐに応募しました」

身体の弱さを克服するため、母親の勧めで空手を習っていた長与は一発合格。だが練習のキツさは想像以上だった。

「午前中は20kmのランニングや縄跳びなどで基礎体力作り。午後は技の稽古やスパーリングと、一日中練習漬けです。
初めてブリッジ(手を使わず首と足だけで身体を支える練習)をした翌日は、ヒドい筋肉痛で首が曲がらない。
するとトレーナーが、おもむろに『Tシャツを脱げ!』と言うんです。
上半身裸になり恥ずかしさでモジモジしていると、マットの上に寝かされた。
何をされるんだろうと、不安でたまりません。
するとトレーナーは軟膏クリームを手にたっぷりつけ、私の身体に乱暴に塗りたくりました。
有無を言わさないやり方です。レスラーは、女性として扱われないことがよくわかりました」

スパーリングでは、日によって先輩レスラーから200回も投げ飛ばされる。
時には「オマエの代わりはいくらでもいる。荷物をまとめて(長与の出身地)長崎へ帰れ!」と厳しい言葉を浴びせられることもあった。

「毎日、本当にツラかった……。一度、夜逃げしたこともあります。寮を飛び出して、山手線に乗ったんです。
田舎から出てきたばかりだったので、山手線に乗れば羽田空港に行けると思っていたんですよ。
当然、空港に行けるワケがない。終電まで山手線に乗り続け、夜中に歩いて寮に戻りました」

試合では結果を出せず、セミファイナルやメインのゲームにも起用されない。
「もう辞めよう」と考え、「最後の試合」として戦ったのがライオネス飛鳥だ。
長与は、同じように伸び悩んでいた飛鳥と意気投合。2人で結成した「クラッシュ・ギャルズ」が人気を呼び、女子プロレスブームを巻き起こした。
https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20191211-00000002-friday-fight
12/11(水) 7:02配信
2 : ログ速名無し[] 投稿日:2020/01/19 07:41:11
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