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1 : 豆次郎 ★[] 投稿日:2020/01/24(金) 22:11:50 ID:aZpkghWL9.net [1/1回]
1/24(金) 21:59配信
スポーツ報知
長渕剛、母のがんと認知症闘病で疲弊「もう辞めたい。死んじまいたい」と思った過去を告白 

 歌手の長渕剛(63)が24日放送のTBS系「中居正広のキンスマSP」(金曜・後8時)に出演。母・マス子さんの末期がんや認知症の看病で疲弊。引退を考え、「死んじまいたい」とまで思った過去があったことを明かした。


 20歳でヤマハのコンテストで優勝。九州産業大を中退してプロデビューを目指した長渕。「巡恋歌」「順子」など大ヒットを飛ばし、人気歌手の仲間入りを果たした1981年、25歳の時、当時53歳だった母・マス子さんが末期の大腸がんであることが分かった。

 必死に都内の病院を探し、手術を受けたマス子さん。何とか命をとりとめたが、長渕は「貧乏人は病気も治せないんだな。金で命も買えるんだな。だったら、金は持ってなきゃいけないんだな」と痛感したという。

 しかし、無事退院した3年後、マス子さんが今度は若年性アルツハイマー型認知症と診断された。以後10年以上の介護生活が始まり、まだ28歳だった長渕自身も疲弊。ツアーやスタッフとの軋轢(あつれき)や心労も重なり、倒れたことも。ツアー半分の20公演後に緊急搬送されるほど追い込まれたという。

 「もう辞めたい。死んじまいたい」と思った時に生まれたのが、「死んじまいたいほどの~」という歌い出しで始まる名曲「STAY DREAM」だった。

 「あの歌は自分を鼓舞するため、立ち上がらせるために作った曲です」と長渕。認知症診断から5年後にはマス子さんを自宅に引き取り、自ら介護しようと試みたが、「お風呂で母の陰部まで洗った時に『母ちゃん、ごめん、俺、無理だ~』という気持ちになりました」と正直に明かした長渕。結局、病院に頼ることになったが、自身で面倒を見られない自責の念から涙を流したという。

 「母ちゃんは俺が子どもの頃、抱きしめてくれたのに、俺はこんなことしかできないのかと苦しかった。どうやってバランスをとったらいいか分からなくなった」と長渕。94年にツアー4公演目でダウン。それをきっかけに肉体改造にも乗り出したと言う。

 88年に生まれた長女・文音はじめ3人の子どもが誕生する一方、2000年8月にマス子さんは死去。「母はいつも『あんたは幸せで良かったね~』と言っていました。普通は隠すことも全て、人生の現実と言うのを俺に突きつけた母でした」と振り返った長渕。希望ある生と死にゆく母とのはざまに揺れながら、母を歌った名曲「MOTER」を作ったことも明かしていた。

報知新聞社
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20200124-01240222-sph-ent
2 : ログ速名無し[] 投稿日:2020/02/18 22:51:03
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